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第789回 株式会社エフ・エフ・アルファ 代表取締役社長 渡辺真人氏
update 20/05/26
株式会社エフ・エフ・アルファ
渡辺真人氏
株式会社エフ・エフ・アルファ 代表取締役社長 渡辺真人氏
生年月日 1976年4月26日
プロフィール 東京都足立区生出身。法政大学経済学部経済学科卒。在学中から勤務していた株式会社プラスアルファに新卒入社し、営業畑を歩きつづける。2020年、現在、プラスアルファ及びエフ・エフ・アルファ、他グループ会社1社の社長を務める。
主な業態 「淡路島と喰らえ」「だしや」「トラットリア・ドーニ」他
企業HP https://ff-alpha.com/

少年が観た貧富の差と学歴社会。

「年に1回か、2回か」。
父親と会う回数を聞いた時の返答が、これだった。
「父は、今は独立していますが、当時は、建設会社のサラリーマンとして海外で仕事をしていました」。会うのは年1〜2回。「父親というより、海の向こうで仕事をしているビジネスマンというイメージですかね」と笑う。
父親が帰国するだけではなく、渡辺氏が海を越えたこともあった。
「向こうに行けば、貧富の差をイヤでも目にします。私自身、まだまだ小さかったわけですが、そのぶんピュアだったんでしょうね。印象に強く残ります。将来は先生になろうと考えていましたが、そう思ったのも、たぶん、あの時の光景がきっかけです」。
兄弟は、兄1人。2人の男子を育てるお母さまは大変だったことだろう。「父親が家にいなかったこともあったんでしょうね。よく怒られました。テストで90点を取ってきても、なぜ、100点じゃないの?って/笑」。
小学2年生の時から学習塾にも通っている。中学からは、台東区の学校に越境する。「当時、足立区と台東区って、ちょっと校区で差があったんです。でも、足立区も大好きで、休みの日は小学校の時の友達と一緒に遊んでいましたね」。
前述通り、小学生の頃は「先生になろう」と思っていた渡辺氏だったが、中学2年生の頃からは「経営者」を志向するようになる。
「中学2年の頃に進路指導ってあると思うんですが、当時の地元の友達の多くが、高校にも進学しないで働くっていうんですね。その時に、日本にも差別っていうか、そういうのがあることを知って…」。
それで、経営者ですか?
「そうです。経営者になって、学歴社会やこの状況を少しでも改善できたら、と思いました。でも、経営者になるといっても、お金がなければなれない。それで思いついたのは、銀行に就職したら、お金をもっている人と親しくなれそうだということです。安易な発想ですが…(笑)。融資も受けやすくなるだろうし、それがいいと。ただ、そのためには大学に行かなければならない。こういうロジックで、法政大学の付属高校に進学します。金融につよくて、私が進学できそうなのが、そこだったんです/笑」。
ちなみに渡辺氏。学校では生徒会長なども務めている。

150万円の借金と、就職先は「プラスアルファ」という話。

「高校から、そのままストレートに法政大学に進むんですが、1年時に留年します」。
取らなければいけない単位を知らずに取得していなかったそうだ。「法政大学って、そういうところにきびしいんですね」。
つまり、大学にはちゃんと行っていた?
「そうですね。単位の数だけでいえば、進学できるだけは取得していましたからね。ただ、19歳の時から、学業の一方で、起業もします。授業より、そちらに関心があったのは間違いなしです/笑」。
仲間数名と立ち上げたそうだ。
「派遣事業のような仕事ですね。最初はいいペースだったんですが、ある大掛かりなツアーを企画して、それが失敗してしまいます。その結果、1人150万円の借金を抱えます」。
学生にとっての150万円は、とんでもない数字だ。
「いろいろバイトもしました。借金は、知人の社長の下ではたらいて返済しました。おかげではたらくことが、生活の一部になった気がします。このあと、21歳の時ですね。先輩に誘ってもらって、『プラスアルファ』で仕事を始めます」。
21歳といえば、就職が目の前ですね。
「そうなんです。最初は契約社員として働いていたましたが、大学卒業後、そのままプラスアルファに就職します」。これが、1998年のこと。バブルが崩壊し、金融の自由化など、様々な経済的なイベントがあった頃だ。ついでにいえば、3年後の2000年の頃になるとITバブルが盛んになり、起業家が次々と誕生する。

2010年、株式会社エフ・エフ・アルフ、誕生。

改めて、渡辺氏の足跡を追うと、1998年に法政大学経済学部経済学科を卒業し、大学3年時から勤めていた株式会社プラスアルファに新卒入社する。当時のメイン事業は、人材ビジネス。新卒で入社してから営業畑を歩き、入社5年目の2003年には取締役に就任している。
「私たちがプラスアルファをMBOしたのは2008年です。本体はすでに、ホールディングスとしてジャスダックに上場していました。そこから、私たちが分かれて、新生、プラスアルファが誕生したわけです」。
この新生、プラスアルファで、渡辺氏は専務取締役に就任する。2013年には、取締役副社長に就任し、2015年に取締役社長に就任している。
その一方、今回、舞台として登場する、株式会社エフ・エフ・アルファが生まれたのは、2010年のこと。外食部門に特化したコンサルティング事業、人材ビジネス、そして、自社で直営店を9店舗、運営受託3店舗を運営している。
現在、渡辺氏はこの2つの会社(他1社の計3社)の社長を務めていることになる。今回もじつは多忙ななか、お時間をいただいた。
ところで、渡辺氏が「エフ・エフ・アルファ」で進めているのは、人材ビジネスを核にした、外食ビジネスといっていいだろう。実際、渡辺氏が進める外食ビジネスは「外食」=「サービス」という図式のなかだけで成り立っていないからだ。

渡辺氏が描く、世界観。

「外食産業という舞台装置は、じつは人材育成にも最適なんです。挨拶なんかもそうですね。気配りや機転が利くようにも訓練されます。お客様と接することで、人としての幅も広がります。ただ、その一方で、長くいると店をすべての世界と思ってしまうんですね」。
だから、視野も広がらない?
「そう、それです。ただ、一つの世界を大事にする、ということ自体は悪いことではないんです。ただ、それでは、たとえばお客様の来店動機もある一定の角度からしか理解できなくなってしまいます。そこが問題です。だから、私は経済や金融といった、社会の動きも含め広く教えていきたいんです」。
言葉だけじゃない。今営業しているランチをやめて、教育の時間にあてようと計画している。すごい選択だ。
「たしかに、ランチ営業の売上はもったいないんですが、私は、外食以外の世界でもやっていける人を、外食のなかで育てたいんです。人の心を知り、経済や金融といった社会の動きもちゃんと知っている。おまけに、熱い/笑。いい人材でしょ」。
たしかに、そうだ。
「私は、『飲食出身か』と蔑まれるのではなく、『飲食出身なんだね!』と喜んでもらえる、そういう世界観をつくりたいんです」。
なるほど、外食一筋の人には、なかなかない発想だ。渡辺氏が、「人材ビジネス」という世界で生きてきた証でもあるのだろう。
とはいえ、それだけでもない気がする。
子どもの頃に観た貧困、学生時代に知った学歴社会。これらが渡辺氏の発想の根源になっている気がするからだ。
飲食は、熱い。だが、それだけではない。人が育つ。渡辺氏は、この外食といった装置を用いることで、新たな人材を輩出しようとしているのではないか。
それができれば、飲食とそれ以外の業界にあるカベは破壊されるだろう。日本の飲食業界が欧米のように人気職種となる。そうなれば、貧富の差も学歴の差もない平等な世界がひとつ顔をだす。

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