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第835回 株式会社ティー・エフコーポレーション 代表取締役社長 福島孝志氏
update 21/05/11
株式会社ティー・エフコーポレーション
福島孝志氏
株式会社ティー・エフコーポレーション 代表取締役社長 福島孝志氏
生年月日 1971年6月29日
プロフィール 仙台市青葉区出身。高校卒業後、大手スーパーに就職するも、2年で離退職し、自動車メーカーの期間工などで、生活する。23歳から飲食店で修業を開始。29歳で、独立を果たす。
主な業態 「ひなや」「バルチキ」「グラディオ」「オーシャン ファターレ」他
企業HP http://www.tf-corp.co.jp/

仙台生まれ。東京に勤務するまで。

「仙台愛」だという。その言葉通り、仙台がホーム。2019年現在10店舗ある店舗のうち、8店舗が仙台にある。残り2店舗が東京。仙台は、福島氏の出身地。正確にいうなら仙台市青葉区生まれ。
「ゲームとか、おやつもそうですが、ひんぱんには買ってもらえなかったですね。うちも県営住宅ですし。とはいえ、小学生の頃から活発な少年だった気がします。みんなが私の周りにいましたしね。そうです。勉強はぜんぜんやらないような/笑」。
「小・中は野球をしていました。高校からは柔道部ですが、ここからは、もっぱらアルバイトです。ええ、いろいろやりましたよ。居酒屋はもちろんゴルフの打ちっぱなし、清掃の仕事もしました。高校は、あの当時ですから、オーソドックスだと思うんですが、ビーバップハイスクールのような、ま、ガラが悪い高校でした。先輩に、無理やりケンカさせられたことだってあるくらいですからね」。
アルバイトをしたのは、欲しいものを買うためだ。ある意味、自立が早い。「私が高校を卒業する時に両親が離婚します。同時に私も就職しました。就職してからは、東京勤務です」。

挫折からスタートした社会人、人生。

仙台を離れ、東京で独り暮らし。自由だが、けっして、すべてが自由でもない。
「あるスーパーに就職し、2年間、サラリーマン生活を送りましたが、挫折します。辞めてからは、大阪の自動車メーカーで期間工としてはたらきます。飲食に入ったのは、仙台にもどった23歳の時です。23歳から6年間、修業させていただいた店があるんですが、この店のオーナーが私の師匠です」。
「飲食は、学歴も関係がない。だから、私にもチャンスがある。そう思えたのも、このオーナーのおかげです。6年間、接客や経営のノウハウを叩き込んでいただき、29歳で独立させてもらいました。2001年のことです」。
創業店はビルの4階、9坪。スナックのようなタイプだったそう。「社長さんとかも多く、若い子もたくさんいらしてくださって。一時は4店舗まで広がったんですが、ぜんぶ手放します」。
そして、2005年、株式会社ティー・エフコーポレーションを設立。
「最初の店の時は、もうお金がなかったですからね。なけなしの軍資金100万円と、借入60万円からスタートです。今度は、それらを手放して、2010年にocean fatare - SEAFOOD RESTAURANT BARをオープンします」。
このショップは、船上レストランをイメージしてデザインしたという。コンセプトは魚介を中心としたスパニッシュイタリアン。
「いままでとは違って料理もちゃんとしたものをお出ししたい、と。ええ、料理人も採用しました。仙台にはいままでないような店だったので、おかげさまで、繁盛します」。
ところが、2店目ですね?
「そうなんです。2011年3月に、震災の10日前に2号店をオープンするんです。ocean fatare - PRIVATE LOUNGEです」。

大事にするのは「人」。

だれもが苦しかった。「そうですね。営業どころじゃない。だから、売上もない。数ヵ月つづきました。正直、きつかったですね。周りの経営者のなかには自然災害だからといって、給料を払わない人もいました。いや、そういう人が大半だったと思います。なかでもうちは、オープンしたところです。運転資金も潤沢にない。だから、スタッフに給料が払えないといっても納得してくれたと思うんです」。
「でも、それは経営者の甘えでしかない。そう思った私は政府系の金融機関から2000万円をお借りして給料を払いました。それだけしかできなかった、と言い換えてもいいかもしれませんが」。
経営者の思いは、スタッフに伝わる。
「おかげさまで、スタッフは1人も辞めずついてきてくれた。じつは、そのあとにプチバブルが起こるんですが、うちはだれも辞めないから、波に乗ることができました。数ヵ月で、営業利益が2000万円出て、お借りしたお金は全額返済できました」。
なかには、逆にスタッフが辞めてしまい、波に乗れなかったお店もあったそうだ。「うちは、いろんな業態をやっています。スペインやメキシコ料理のショップなども、そうですね。仙台にはなかった店です。だから、評判をいただき、繁盛していると思うんですが、うちがいちばん大事にしているのは、人です。私は、人を大事にしたい。そういう経営をしていきたいと思っているんです」。
じつは、現在、仙台にある8店舗のなかには、フードコートに入っている店がある。「みんな結婚したりして。1歳とかのね、子持ちのスタッフがだんだん多くなってくるでしょ。フードコートなら終わるのも早い。だから、寝顔だけじゃなく、笑い顔もみれるんじゃないかな、と思って」。
飲食店の経営者の話はたくさん聞いてきたが、はじめて聞く、素敵な話である。

迷ったら、損得より、善悪で選べ。

ところで、福島氏はどうして飲食を選択したのだろうか?
「学歴も関係ないというのが、一つですが、私は、案外、細かなところにも気がつくタイプなんです。メニューなんかも、『あ、これがいいな』と。割とミーハーなところもあって、海外も大好き。いまの多国籍料理に、そんな点が活きている気もしなくはないですね」。
「あと、龍馬伝にも影響されました。私は孝志っていうんですが、志っていう文字が入っているでしょ。龍馬伝をみて、そうだ、志だと。龍馬にすっかり魅了されてしまったのが、いまのような店をやるようになったきっかけです」。
「損得より、善悪だ」と、福島氏はいう。むろん、事の大小ではなく、大事なのは事の善悪だ。
「今まで2020年まで10店舗だって、それをみんなで追いかけてきました。もちろん、これは目標であって、目的じゃない。だから、今からなんですが、じつは、店舗数はもうこれくらいでいいかなと思ってもいるんです。店舗数を追いかけるのに、意味があるんだろうか、と。だから、いま思っているのは、社員に店を譲るって、ことですね。幸い、うちには独立志向の人間も多いんです。それといまからといえば、もう一つ、プロデュース業をしていきたいですね。異国の料理とか、うちが得意な分野もあるので」。
なるほど、福島氏らしいビジョンだ。
「先義後利」という言葉も福島氏は使う。「義を先にして利を後にする」。この言葉、さらに言葉がつづき、「先義後利者栄」となる。
「義を先にして利を後にする者は栄える」という意味だ。荀子の言葉だが、この言葉に反応するのが福島氏らしい。ちなみに、数百万年もつづく、有名な百貨店の「店是」でもある。

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