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第1004回 株式会社大高商事 代表取締役 高階宏一朗氏
update 24/06/04
株式会社大高商事
高階宏一朗氏
株式会社大高商事 代表取締役 高階宏一朗氏
生年月日 1975年4月2日
プロフィール 長崎県大村市に生まれる。大学受験に失敗後、キャバクラ勤務、劇団員、不動産会社勤務。何年ぶりで帰った故郷のシャッター街を目にし、地元の活性化、創成に関わりたいと、地元の食材を使った長崎居酒屋“じげもんとん”を立ち上げる。
主な業態 「じげもんちゃんぽん」「じげもんとん」
企業HP https://daiko-shoji.com/

“ちゃんぽん”から“新・ちゃんぽん”へ。

「ちゃんぽん」というのは、「さまざまな物を混ぜること、または混ぜた物」を意味する言葉で、長崎県長崎市を発祥の地とする「ちゃんぽん」は、「ちゃんぽんと言えば長崎、長崎と言えばちゃんぽん」というくらい全国的に広く知れ渡っている。
今回は「長崎ちゃんぽん」とは違う「じげもんちゃんぽん」を、直営店とライセンス契約店合わせて35店舗を展開する株式会社大高商事の代表取締役・高階氏に飲食業に辿りつくまでの来し方、高階氏が「新ちゃんぽん」と呼ぶ「じげもんちゃんぽん」に寄せる想い、明日の夢を伺った。
ご当地グルメと郷土料理。その違いは?
そもそも「ちゃんぽん」は、「ご当地グルメ」なのか、「郷土料理」なのか。「ご当地」「郷土」と命名されていることから「地域」を基盤としていることに違いはない。では、違いはどこにあるのだろうか。
「ご当地グルメ」とは、地域振興の一環として伝統にこだわらず開発・発祥・定着した料理の総称。いっぽう「郷土料理」とは、その地方の素材や伝統を重視し、味や作り方に力点をおいた地域的な料理の総称。
この僅かな違いを理解すると、“じげもんちゃんぽん”の特徴・個性が見えてくるし、高階氏のこだわりも理解できる。

九州男児。山、海(湾)、平地と豊かな自然に囲まれた長崎県大村市に生まれる。

高階氏は、九州男児だ。「生まれたのは長崎県大村市です」。
誕生日は1975年4月2日とのこと。お気づきの方がいらっしゃると思うが、誕生が1日早かったら、つまり4月1日であったなら、現在の学年区分制度では1学年上になっていた。そんな微妙な日である。
〈大村市の魅力をひと言で言うと?〉
「大村市は平地、山、湾が揃った自然豊かな土地です」と故郷を振り返る高階氏。もう少し、大村市の概要を掘り下げてみよう。
大村市は、中央に位置する諫早市に隣接し、諫早市とともに県央と呼ばれる市で、東は多良岳県立公園、西は大村湾を望む自然豊かな市である。また長崎空港に近いこと、長崎市や佐世保市に近いこともあり、ベッドタウンとも呼ばれている。
因みに、多くの地方都市が人口減少に歯止めが効かないなか、大村市は1970年代から50年以上にわたって人口が増加し新興住宅や大型マンションの開発も行われている。

「放任」ではなかったが、放ったらかしに育てられた。

 「一人っ子です」と語る高階氏は、どんな環境で育ったのだろう。
〈ご両親は長崎出身なんですか?〉
「母は長女で長崎出身、父は次男で秋田出身。東京で知り合って長崎に来たそうです。父は地元のアパレル企業に勤めていたサラリーマン、母はクラシック・ギターの先生というんでしょうか、人に教えていました。習っていた方、生徒さんは比較的高学歴の方が多かったようです」。
〈小学校から高校までは、地元で?〉
「小学校は4クラス、中学校は10クラスでした。中学2年生まで野球部、高校時代は応援団長をやってましたし、3歳から極真空手に通い黒帯までにはなりました」。
なかなか硬派な子どもだったようだ。
〈勉強は好きだった?嫌いだった?〉
「中学を卒業して希望していた、狙っていた高校に入学できたのですが、一時期、反抗期がありましたね。高校生の頃って、そういう年齢ですよね」。
「自分に限らず、誰しも得手不得手、好きな科目と嫌いな科目とがあると思いますが、どちらかといえば、やりたい勉強だけをしていましたね」。
ここまでは、いわば順風満帆。だが……、世間の風にぶち当たる。

18年で訪れた挫折が転機。

〈大学受験で失敗されたとか……?〉
「行きたい大学に受かると思い受験したんですが、残念ながら不合格でした。政経学部を受けた理由としては、大叔父が市議会の議長を務めていた関係で政治が身近にあったことが影響していたかも知れません。まぁ、理由はともあれ受かると思っていたんですよ。甘かったなぁ。再度の受験を目指すため上京、新聞配達をしながら浪人生活を送ることになりました」。
〈いわゆる一浪ってやつですね?二度目の受験結果は?〉
「また失敗でした。現役で落ちて浪人でも落ちて……。19歳にして味わった初めての挫折ですね。ただ、振り返ってみればこの失敗が転機になったように思います。もし、現役であれ一浪後であれ受かっていたら、また別の人生だったでしょうね」。
「受験に二度失敗したことに関係するのか、どこかに学歴コンプレックスがあるのかも」。
〈受験失敗後、取り敢えず、どんな行動をとりました?〉
「新聞配達はやめました。上野にあったキャバクラを運営する準大手の会社に就職しました。ただ、キャバクラに就職したことは、両親には内緒にしていました。なんとなく言い難かったのかも知れませんね」。

夜の仕事が性に合っていそう?

誰にでも人生には転機がある。高階氏にとっての転機、つまりまだ見ぬ未来への入口になったのが、キャバクラ勤めではなかったか。と同時に「なにものでもなかった一人の青年」が「なにかになる道」を手探りながら歩き始めた。
よく“現在の職業が天職”という言葉を言う人がいる。厳密に言うならば“天職”というのは存在しない。強いて言うなら“性に合っている仕事”“他の仕事に就いていることが想像できない仕事”ということか。とは言え、高階氏が飲食業に進むきっかけ、第一歩はこの選択だったようだ。
〈キャバクラ時代の思い出は?〉
「特に思い出というほどのことはなかったと思います。ただ、働きました。1日、16〜17時間働きました。収入も同世代と比べれば多かったと思います。半年から一年で50万円くらい貰っていましたから。夜の仕事が性に合っていると感じました。ただね……」。
〈なにか変化でも?〉
「アメリカに行こうと思ったんです」。

役者を目指した時期、不動産会社でがむしゃらに働いた時期。

「産経インターナショナルスクールの短期留学制度を活用して渡米しました。短期留学先のサンフランシスコで舞台を観て感動、役者になりたいと思いました」。
帰国後、役者のオーディションを受けたのが21歳〜22歳の頃。学芸大学にあった劇団に所属。TVドラマやCMに出演。
「面白かったですね。4〜5年間くらい、年齢的に26歳の頃まででしたが」。
〈劇団員や役者の生活は厳しいと耳にしたことがありますが、いかがでした?〉
「休みが少なくて完全オフの日って、年間で一週間くらいしかなかったですね。食べることにも苦労しました。飲食店でアルバイトしていましたもの。プロとして稼ぐのではなく、好きだからやっているだけのような気がして、あっさり止めました。諦めが早いんです」。
決断は早いに越したことはない。優柔不断なままの継続は、未来を閉ざしてしまうかも知れないから……。
〈劇団をやめてから?〉
「不動産会社に勤めました。27歳〜34歳まで7年間、勤めていました」。
当時は、いわゆる「働き方改革」などの縛りがない時代。月1〜2回程度しか休めなかったが、とにかく働いたが、給与は良かったそうだ。そこに重大な転機が……。

34歳のときシャッター街にみた故郷の衰退と寂しさ。

「東京では一応、成功したと思っていましたが、34歳のとき、Uターンしたんですよ」。
〈何年振りかに帰った故郷は?〉
「活気が薄れたような静か、というより寂しさが漂う町並み、シャッター街と化した商店街。記憶に残っている街が一変したような衰退した雰囲気が印象的でした」。
朧気ながら将来の方向性が芽生えた。「芽」は飲食業として大きく育ち「じげもんちゃんぽん」を経営、運営するようになるのだが、そこに行き着く前に高階氏と飲食業の関わりを振り返ってみよう。
現役と浪人、二度の大学受験に失敗したのち飛び込んだのがキャバクラ。アメリカから帰国後、劇団に所属していた頃に経験した飲食店でのアルバイト。
不動産会社では電話営業や飛び込み営業から始まって、営業マンとしてトップを取り、その後上司のヘッドハンティングで共に会社を移り、最終的には1部上場企業で営業課長をつとめる。

コンセプトは「新・ちゃんぽん」。

「34歳で脱サラを決意し、飲食の世界に身を置く方ならご存知だと思いますが、塚田牧場や四十八漁場などを運営するAPカンパニーのブランドの一つ、“じとっこ(地頭鶏)組合”のFC店を立川で始めました。付いてきてくれたのは不動産時代の二人の部下でした」。
商いは順調。その一方でリスクを回避することは考えていたようで、「転ばぬ先の杖」とでもいうのか、個別指導の学習塾を経営していたとのこと。その点は、しっかりしている漢(オトコ)である。
「居酒屋経営も学習塾経営も順調でしたが、自社ブランドを持ちたい、自分の店を持ちたいという夢が芽生えました」。
自社ブランドを持ちたいという意欲を支えたのは、前述した地元の衰退。
〈地方都市によくみられる現象ですね。そこで思ったことは?〉
「生まれ育った地元に貢献したいと……」。この「地元」という意識、こだわりが「じげもんとんブランド」に繋がった。
「長崎郷土居酒屋の「じげもんとん」から「じげもんちゃんぽん」に。コンセプトは、新・ちゃんぽんです」。

「じげもんちゃんぽん」は、野菜が好きになるちゃんぽん

〈いわゆる「ちゃんぽん」を簡単に説明するならば?〉
「野菜を炒めて麺とスープと絡めて煮込んだのが「ちゃんぽん」なんですね」。
〈「新・ちゃんぽん」、つまり「じげもんちゃんぽん」とはどんなちゃんぽんで、いわゆる「長崎ちゃんぽん」とは、どこが違うのですか?〉
ガラ炊きから徹底してスープの美味しさにこだわり、そのスープに合わせて元来のちゃんぽん麺から多加水麺に変え、食べやすいように麺の長さも短くしました。“じげもん”とは、地元という意味です。つまり地元の方々に永く必要とされる店になれるように願いを込めています」。
「先ほども言いましたが、「ちゃんぽん」は野菜+麺+スープの三つ素材で作られています。「じげもんちゃんぽん」は、野菜摂取が不足がちの現代人に、一日に摂取してほしい野菜をどっさり盛って、その野菜を美味しく食べたい、野菜の食感を最高の状態で食べることにこだわった“野菜を好きになるちゃんぽん”といえます」。
「さらに、純白鶏豚骨スープとモッチモチの自家製多加水麺を使用しています。この麺が「長崎ちゃんぽん」との大きな違いだと思います」。
ここで冒頭の「ちゃんぽん」は「ご当地グルメ」か「郷土料理」か、を思い出してほしい。
高階氏が、「じげもんちゃんぽん」を全国に広げたいということから、強いて分類するならば「新しいご当地グルメ+郷土料理」と言えなくもない。

「地産都消」「6次産業化」で「ちゃんぽん」文化を広げたい。

2009年に創立した同社だが、「じげもんちゃんぽん」「じげもんとん」の2ブランドで、東日本では東京都(23区、都下を含む)を中心に千葉県、埼玉県、群馬県、神奈川県。西日本では大阪府、広島県、福岡県で店舗展開している。
「2024年1月現在、直営店が8店舗。LC(ライセンス契約)という契約店が27店舗、合計35店舗になります。今後はロードサイド店へ拡大したいですね」。
〈LC契約とは、どのような契約方法ですか?FC契約とはどう違うのですか?〉
「大きな特徴は、@単一業態(じげもんちゃんぽんのみ)、Aハイブリッド業態(1店舗2業種の営業形態で、じげもんちゃんぽんとテイクアウト、デリバリー業態の組み合わせで省スペースでの営業)、B二毛作業態(昼はじげもんちゃんぽん、夜は居酒屋と低投資で安定的な店舗運営)と形態があります。FCとLCの違いですが、FC契約は大雑把にいうと本部があって契約店は本部の意向に従うというものですが、LCの場合は、いま説明したように業態を選べる点が契約店にとってのメリットになります」。
〈加盟金、保証料、ライセンス料などは?〉
「契約形態によって金額の差はあります。ご関心があれば詳しくご説明します」。
〈HPに“地産都消”“6次産業化”とありますが、どういうことですか?〉
「“地産都消”とは、地方のじげもん(=地方民)のみぞ知る食材・食文化を発掘し都市部で展開、日本中に広めるという考え。“6次産業化”とは、“生産(1次)×加工(2次)×販売(3次)=6次”ということ。つまり、この二つは表裏一体なんです」。

出発点は衰退した故郷。地方創成にひと役買いたい。

〈今年で49歳。飲食業の世界に身を投じて16年目になりますが、いかがでしたか〉
「飲食業に限らず、劇団、キャバクラ、不動産会社など、その時その時、恵まれた方々に出会ってきたと思っています」。
「飲食業でも同様で、多くの先輩経営者や知人に出会い、知り合い、学ばせていただきましたし影響も受けました。名前を挙げればきりがないですし、皆さまのお話しは、どれも飲食業の魅了だけではなく奥の深さを示唆していただきました。視界が広がりますね」。
〈将来の目標があれば……〉
「現在、店舗数は先ほども述べましたとおりで、店舗数の拡大はもちろん、ロードサイド店も拡大したいですね。現在、社員は30名弱、アルバイトは60名弱で平均年齢30歳代半ばの集団です。ちゃんぽんを気軽に食べる・食べたいという文化を創るために100店舗は目指したいです。こうした目標の達成に若さは武器になると思っています」。
そして、もっと大きな夢を語った。
「今後、“じげもんちゃんぽん”は、地元の食材をもっと使った食品になり地方創成に何らかの形で参加、関わりたいですね」。
長崎県大村市を船出から始まった高階氏の“The Long Winding Road(長く曲がりくねった道”は途切れることがなく、まだ見ぬ未来へと繋がっている。

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