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第1008回 まん福ホールディングス株式会社 代表取締役社長 加藤智治氏
update 24/06/18
まん福ホールディングス株式会社
加藤智治氏
まん福ホールディングス株式会社 代表取締役社長 加藤智治氏
生年月日 1974年9月8日
プロフィール 東京大学大学院卒。ドイツ銀行グループ、マッキンゼー&カンパニーを経て、2004年、フィールズ株式会社が経営するスポーツ・エンターテイメント関連の子会社2社の取締役に就任。2007年、株式会社あきんどスシローにターン・アラウンド・マネージャーとして参画、専務、取締役COOを歴任し、回転寿司売上日本一、顧客満足度日本一に貢献。2015年にゼビオ株式会社の代表取締役社長に就任したのち、2021年4月、まん福ホールディングス株式会社を設立し、社長に就任している。
主な業態(事業承継) 「ちがさき濱田屋」「阿蘇肉工房」「山佐食品」「おぐらの唐揚」他
企業HP https://manpuku-hd.jp/

神童、開成中学に入学する。

今回、様々な話を披露してくださったのは、まん福ホールディングス株式会社の代表、加藤智治さん。
「父と母は、昭和16年生まれです。父は百貨店でイベントを開く会社を個人で経営していて、熊本で開催した際、母と出会ったそうです。私が生まれてからも、父は東京で仕事をしていました。お金がないから、なかなか熊本に来られない。だから、私と母が東京に行き、初めて3人暮らしがスタートします。私が2歳半のことです」。
「貧しかった」と加藤さんは淡々と話す。
「我が家の暮らしは、足立区のアパートから始まります。その頃父はトラックの運転手もしていました」。
どんな少年でしたか?と質問すると、「私、ですか」といって、しばし言葉を探す。「何をするにも手を抜かない少年だったと思います」との回答。
「私が小学4年生の頃、学校の成績が良かった私に両親が期待をしてくれ、中学受験に向け、塾に通わせてもらうことになりました。元々勉強が嫌いではなかった私は一生懸命勉学に励みました」。
進学したのは、あの開成中学校。ラグビー部に入部する。

東京大学、進学。

<開成中学ではどんな生徒さんでしたか?>
「開成に入ると、自分の実力を思い知りました。とくに中学生の頃は、ぜんぜん成績も上がりません。3年になって、さすがにまずいと勉強を開始します。これといった結果を残したわけではありませんが、下位から抜け出したことで、自信が生まれたのは事実です。おかげさまで、高校にも進学できました。ただ、中学からつづけたラグビーができなくなります」。
<どういうことですか?>
「高校3年の春、膝を怪我してしまいます。秋まではプレーをつづけましたが、それまでとおなじパフォーマンスとはいきません。引退してからオペもしましたが、その時点では、つづけるのは難しい、と」。
<断念する以外方法はなかった?>
「けっきょく、両膝をオペしていますからね。だから、選手としてのスポーツは断念して、スポーツドクターになろうかと真剣に悩みました」。
やはりスポーツが大好き。東京大学ではアメリカンフットボール部に入る。「ラグビーは競技人口が多いでしょ。名門大学も少なくない。でも、アメリカンフットボールは、日本での競技人口がラグビーより少なく、大学から始める人も多い。東大のアメフトで日本1位になりたいという志を持って入部しました。当時アメフトでは京都大学が1位だった頃です」。
<膝は大丈夫だったんですか?>
「チームドクターに診ていただいたところ、太ももの筋肉が落ちているからだと。『オペはいらなかったよ』って言われました。ドクターがいう通り、筋トレすると、すぐに完治したんです(笑)」。
だからと言って、加藤さんはオペを勧めたドクターを責めない。「オペ派とそうでない派にわかれていて、たまたまチームドクターが、オペをしない派だったので」という。
ところで、東京大学のアメリカンフットボールといえば、先日、「TARO TOKYO ONIGIRI」を運営するRICE REPUBLICの社長、川原田さんにインタビューさせていただいたが、彼女は、同部のマネージャーだった。そのインタビューのなかで「まん福ホールディングスの加藤社長との縁もあって、RICE REPUBLICの社長を務めることになりました」とおっしゃっていた。
「選手とマネージャーというちがいはありますが、おなじアメリカンフットボールの仲間ですからね。年代はもちろん、離れていますが、彼女に声をかけさせてもらいました」。
アメリカンフットボールという一つのスポーツでつながる縁は、いくつもあるんだろう。その縁が、きっかけで、紡がれるストーリーも。
ちなみに、大学でも、怪我はしょっちゅうだったとか。
「いちばんきつかったのは、肋骨を怪我した時ですね。あれは無茶苦茶いたいんです。でも、走れちゃう。だから、2週間後には、試合にだされました」。
いまになれば笑い話だが、当日は、悲壮感が漂っていたんじゃないだろうか。
「試合が終わった時には、どうだ、よくやっただろって思って、ひそかに自慢だったんですが、社会人になってからおなじチームになった京大出身の選手に言われたんです。『なんだよ、それ。うちだったら、練習も休めないよ』って。さすが日本一の大学はちがう。もっとも、理にはかなっているんです」。
<ひょっとして?>
「そう、いたいだけで、走れちゃうから(笑)」。

0から1を生みだした、圧倒的なパワーに惹かれる。

加藤さんは、大学院にも進み、そこで漠然とだが「経営者」を意識するようになったとおっしゃっている。

<経営者をめざす、理系の院生。その進路が気になります>
「私の社会人人生は、ドイツ銀行のグループ会社からスタートします。そちらで1年間、はたらかせてもらって、やはり経営に興味があったもんですから、マッキンゼーに転職してコンサルタントの仕事をはじめます」。
「マッキンゼーでは4年勤めて、28歳の時に、もう一度、転職を、と思うわけですが、なかなかいい出会いがありません。何しろ、28歳の若造ですからね、経営者になりたいといっても、『はい、どうぞ』って、会社なんてない(笑)」。
<でも、1社あった?>
「そうなんです。フィールズの山本英俊会長が『面白い奴だな』と言って、スポーツ系の子会社の取締役として拾ってくださったんです」。
グループ会社の取締役にもなったが、フィールズグループの社長室長にもなった。そこで経営者として、また、人間として、山本氏のパワーに魅了される。
山本氏の周りには、多士済々の経営者がいた。「そのような中で私は、0から1を生みだした創業者に、経営者としても、人間としても尊敬の念を抱いています」。
様々な経営者を見てきて、加藤さんがめざす経営者像は、0から1を生みだす経営者になることに決まった。
<このあとスシローに行かれていますよね?>
「そうです。じつはファンドってそれまで経験したことがなかったのですが、マッキンゼー時代の先輩から、ある回転すしを紹介されます。それが、あきんどスシローだったんです」。
ここでいったん加藤さんの職歴をまとめてみる。
東京大学大学院卒業後、ドイツ銀行グループでグローバル金融市場を体験。1年後、マッキンゼー&カンパニーに転職し、経営コンサルティングを学ぶ。ちなみに、当時のマネージャーに最短スピードで昇格している。
2004年フィールズの社長室長に就任。スポーツ・エンターテイメント関連の子会社2社の取締役も兼務している。そののち、2007年、株式会社あきんどスシローにターン・アラウンド・マネージャーとして参画、専務、取締役COOを歴任。回転寿司売上日本一、顧客満足度日本一に貢献する。
2015年ゼビオ株式会社の代表取締役社長に就任。そして、2021年4月、まん福ホールディングス株式会社を設立し、社長に就任している。
加藤さんは、自分が大好きで関心のあった「食」関連で、ついに0から1を生みだすことになる。

食の未来は明るい。

スシローで、はなばなしい結果を残した。
「33歳の時、ターン・アラウンド・マネージャーとして経営に参画します。当時の100円寿司のなかでは、原価比率でいうといちばん高かった。素材がいいから、旨くて、当然。私は、その『旨い』をつよみにして、いろんなところのスイッチを押しただけなんです」。
ブランディング、人材育成の仕組みづくり、出店計画など、「寿司」以外で、ブランディングを含めた組織強化を推進する。その結果、加藤さんが「もともといい会社だった」というスシローは、5年で売上高が約倍になりました。
「飲食の経験がまったくなかったから、そこは苦労した」と加藤さんはいうが、この結果にはだれもが舌を巻いたにちがいない。「スシローには7年弱在籍しています。そのあと、スーパースポーツゼビオの社長に就任。46歳までお世話になりました」とのこと。
様々な業種を経験したが、ビジネスとして面白いのは「食」と、加藤さんはうれしいことを言ってくれる。言葉だけではなく、その思いをかたちにするように、2021年、「食に特化した事業承継プラットフォーム事業」を行う「まん福ホールディングス株式会社」を設立する。
「食に特化した事業承継プラットフォーム事業」については、ホームページでたしかめた。要約すると、<日本の食の未来を、ターン・アラウンドしていく「ハイパフォーマンス・チーム」を結成し、企業承継と文化承継を両輪として、日本の食事業を未来に向けて承継する新たな担い手となる>となる。これが、まん福ホールディングス株式会社のミッションであり、事業モデルでもある。
具体的な事業については、ホームページから会社案内(pdf)をダウンロードしてみるのをお勧めする。そのまえに、ホームページをひらくと、赤い丸い円のなかに、赤字の「福」がデザインされたページが現れる。
その下に<「うまい」でこの星をしあわせ一杯に。>という素敵な言葉が添えられている。
さらに文字を追いかけると、<この国が誇るお寿司にも、焼肉にも唐揚げにも、お弁当にも、おにぎりにもまだまだノビシロしかない。うまい未来は、無限です。>と、食の未来を照らし、未来を「うまい」で埋め尽くす決意が書かれていた。
ちなみに、2024年4月現在、すでにグループ連結で90億円ちかい売上となっている。新たな事業モデルとして定着しつつあり、まん福ホールディングスはこの国の食を、明るい未来へと導く架け橋となるだろう。

思い出のアルバム
思い出のアルバム 思い出のアルバム 思い出のアルバム
幼少期 アメフト時代 アサヒビールシルバースター
思い出のアルバム 思い出のアルバム  
スシロー時代 まん福創業時  
 

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