株式会社TWENTY NINE 会長 井戸 実氏 | |
生年月日 | 1978年1月19日 |
プロフィール | 川崎市出身。アニメ「ど根性ガエル」の佐川梅三郎に憧れ、寿司職人をめざした少年は、飲食人ならだれもが憧れる経営者となり、様々なメディアにデビューする。マスコミは「ロードサイドのハイエナ」と評し、背中を追いかける。2010年、そのハイエナに、業界のガリバーが襲いかかる。2009年のインタビュー以来、2度目のご登場。 |
主な業態 | 「肉流通センター」 |
企業HP | https://www.twentynine29.biz/ |
「ロードサイドのハイエナ」という二つ名をつけられた。メディアはこぞって、そのハイエナを追いかけた。「飲食の戦士たち」にも、ご登場いただいている。
「あれはたしか」。
今回のインタビューはそんな昔話から始まった。
<2009年の3月3日に掲載させていただいています>
「そうでしたね。エムグラントフードサービスを設立したのが2006年ですから3年経った頃ですね」。
<井戸さんは、まだ32歳。ご自身でも「ロードサイドのハイエナ」というブログを綴られていて。さぁ、いくぞ、と>。
「ただ、今だから言うと、あのときは3期目で、まだ赤字だったんです(笑)」。
<そうだったんですね。アクセル全開というイメージでお話をうかがっていました>
「全開だったのは、たしかで、あるファイナンスから2億円までの融資枠をいただいたんで、使い切るまで、いくぞ、と(笑)」。
井戸さんは1978年、3人兄弟の末っ子として生まれている。小学時代、アニメの「ど根性ガエル」に登場する佐川梅三郎こと「梅さん」に憧れ、寿司職人をめざす。
<これが、始まりですね?>
「『梅さん』とはずいぶんちがう世界に来ちゃったなと思いますが、『梅さん』がまちがいなく私の原点です」。
情に厚く、どこかおっちょこちょい。生きる世界はたしかにちがうが性格はどこか似ている。かつてハイエナと厳つい2つ名をつけられたが、イメージは、むしろ「梅さん」だ。
高校を卒業した井戸さんは「梅さん」になるべく、寿司の修業を開始する。
<たしか、異例のスピードでカウンターに立たれたんですよね?>
「そう。20歳でカウンターに立たせていただきました」。
<12名いた同期は、1年で2人になったと話されていました。16時から朝の4時まで勤務して、その日の午前中には、もう店にいたというお話が印象的でした>
「とにかく、少しでも早く、腕を磨いて独立する。その思いだけで突っ走っていた頃です」。
<方向転換されたのはいつでしたっけ?>
「22歳です。薄給だったこともあって、このままでは独立資金が貯まらないことに気づくんです(笑)」。
当時、井戸さんのプランでは独立資金は2000万円。たしかに寿司職人にとっては天文学的な数字。
「それで、牛角のレインズインターナショナルに転職します」。
その頃の話をかいつまんで紹介すると、「レインズインターナショナル」で寿司職人とはまったく異なる店舗開発の仕事に従事。立地開発とフランチャイズビジネスのノウハウを獲得する。とある会社で業態開発を経験したのち、「店舗流通ネット」に転職。
<「ステーキけん」は2006年の7月が創業ですね?>
「店舗流通で出会った上司が会社を立ち上げ、私は取締役として参画します。その後2006年1月に、取引先の肉屋さんの支援をいただき、郊外のロードサイドで運営されていた『ステーキ&ハンバーグ いわたき』の経営権を引き継ぎます。その際、経営権はOKだが、商標はダメっておかしな話だったんです(笑)」。
「創業者が『いわたき』の4文字に思い入れがあって』と井戸さん。
「創業した4人の頭文字をとって名付けられたそうなんです。そんな話を聞くと無下にできないでしょ。だから、どうしようって」。
<メディアでは、当時、もっとも有名だったステーキハウスがひらがなの2文字だったので、それを真似たと言われていましたね>
「あとづけでそうなっちゃったんで、パクったって思われても、まぁ、いいかって黙っていたんですが、実はステーキ事業のトップだったスタッフが小林けんと言って、その名を借りて『けん』でいいじゃんって。それが、店名の由来。『ステーキみのる』より響きがいいでしょ」。
<その話も今回、初めて聞きました(笑)>
井戸さんは前回のインタビューとかわらない。言葉の一つひとつに想いが乗ってくる。ただし、挫折を知った今は、当時より、心が底が深くなった印象を受ける。
「全盛期は、2012年」と井戸さん。
「2009年10月に、夕刊フジに掲載されたのが引き金ですね。千葉県の松戸のデニーズの跡地に『ステーキけん』をオープンしたことが取り上げられ、新進気鋭の若手経営者と紹介いただいたんです」。
この記事がきっかけとなり、メディアがロードサイドの救世主と、なかば崇め、なかば「ハイエナ」と揶揄し、井戸さんを追いかけ回すことになる。
改めて当時のいくつかの記事をみたが、そのなかに「ハイエナ商法で会社設立から4年で売上高140億円」という印象的な見出しがあった。
たしか、そうだった。4年で140億円。だれが実現できた数字だろうか。
<1号店は千葉県の南柏でしたね?>
「ジョリーパスタさんの居抜きです。それが、2006年の7月です」。
家賃45万円、60席。サラダ・バーをつくったことで300万円かかったが、初期投資はそれだけ。オープン初日、窓からパーキングをみる井戸さんの目が丸くなる。
「つぎからつぎってあのことですね。30分も経たないうちに広いパーキングが満杯になりました」。
その様子をみて「金脈を掘り当てた」と、井戸さんは小躍りした。
初月の売上、1200万円。
500万円いけばいいと思っていたが、予想はいいほうに大きくブレた。2号店、3号店、フランチャイズも含め、つぎつぎにロードサイドに「ステーキけん」がオープンする。
そして、夕刊フジの小さな記事で、「祭り」が始まる。
「3期まではまだ赤字だったんですが、4期目になり年商は47億円、5期目には165億円になります」。
<5年で100億円を軽くオーバーって、そりゃマスコミも放っておいてくれないですね>
「当時、ファミリーレストランをはじめロードサイドから撤退する郊外店が少なくありませんでした。『ステーキけん』は、居抜きで入り、内装から設備、什器までもらい受けてスタートしますから、出店コストの低さは段違いです。そのうえ、当時、ドル/円は90円程度だったんです」。
ステーキ肉はミスジ。全量輸入。
「円安になった今じゃ絶対、無理。消費税も5%だったから、ステーキ150gとサラダバー・カレー・フルーツ食べ放題で税込み1050円です」。
たしかに、かなり破格。当時でも、暴力的な価格だったにちがいない。
ファミリー4人で、ミスジのステーキを食べ、サラダバーとフルーツと、なんといっても子どもが大好きなカレーも食べることができて4200円。
ちなみに、とある大手ステーキレストランチェーンのメニューをみて、現在の価格を調べてみた。ランチだったとしても、ステーキなら1000円を軽くオーバー。ライス・パン・スープは食べ放題・飲み放題だが、サラダとカレーは追加料金がかかる。
時代がちがうといっても、やはり溜息がでる。当時、「ステーキけん」に行く機会が少なかったのが悔やまれる。「ステーキけん」も今では、ミスジ150gは2000円オーバーだ。
「最盛期の2012年には『ステーキのけん』238店、『フランス亭』30数店、『ヴォーノイタリア』を含めると300店以上はあった」と井戸さんは振り返る。
すべて井戸さんが失ったものだ。
<聞きにくい話ですが、原因はなんだったんでしょう?>
「虎の尾を踏んだんでしょうね(笑)」。
<虎の尾?>
「うちは、所詮、ハイエナ。相手はファミリーレストランのガリバー企業です。競争だから仕方がないし、そりゃ、怒ると思うんです。いきなり小僧が、主戦場のロードサイドに現れて、ワーワー騒いでマーケットを食いあらしていくんですから。でも、最初は、逆に、飲み込んでやろうと威勢のいいことを言っていたんですがね」。
<相手にならなかった?>
「参りました。たたかうレベルじゃなかった」。
話をきいて、<そこまで、する?>と言ってしまった。
「そういいたくなりますよね。でも、これがリアルです。近隣のファミリーレストランを、うちとおなじステーキレストランにしていくんです。サラダバーも、カレーもいっしょ。1店舗できれば、そのぶん競合しますから、売上が数百万円単位で下がります」。
道路沿い、左右、数キロ先にある同系列のファミリーレストランが、「つぎつぎとステーキレストランに衣替えされていった」という。
「スパイまで送り込まれた」と苦笑いする。
「ビジネスって、そこまでしないといけないんだと、私の甘さを思い知らされた格好ですね。しかし、スパイまでとは(笑)」。
<巻き返すことはできなかったんですか?>
「じつは、その時、M&Aにからむ案件で6億円を取られてしまったんです。詐欺とまではいいませんが、ギリギリのひどい手口です。巻き返そうにも軍資金がない」。
「あれで、終了した」と井戸さん。
2012年をピークに業績は右肩下がり。防戦一方のハイエナに、巨大な虎は容赦なく襲いつづけた。井戸さんがジー・コミュニケーションに事業を売却したのは2019年。
自己破産も経験する。
最盛期には、肉の輸入で相場を動かすほどだったが、もう、何かを動かすお金も残っていなかった。
「昔、『100億円で買う』って言われたことがあったんですが、その時は、100億積まれても『なんだよそれ』って息巻いていたんです。ビジネスの怖さがわかった今だったら、3秒で売却しちゃいますね(笑)。若手の経営者には『いいときばかりじゃないんだぜ』って、体験者として心からいいたいです」。
お金は失ったが、信用は失わなかった。これが井戸さんのすごいところ。じつは、訴訟合戦も少なくないフランチャイズビジネスを行っていながら、加盟店から訴訟は1回も受けたことがないそうだ。
「笑い話なんですが、うちが逆に訴えたい会社はあったんです。『ステーキけん』の加盟店だったんですが、『けん』ではなく、自社で経営するほかの業態で赤字をだして、『けん』の仕入業者への支払いが遅れて。それで、契約を解除したんですが、ある時、業者さんが写真をもってきて、『あの店まだつづけてます』っていうんですね。『そんなはずはない』と言って写真をみると、たしかに『ステーキけん』って看板がでているんです。『おいおい』『…』『うん?』。でもよくみると、『けん』の下に小さく『しろう』ってあって『けんしろう』になっとるやん!」。
爆笑してしまったそうだ。
「こんな事で裁判沙汰にはしたくなかったんで、まぁ、いいかって。笑って済ますことにしたんですが」。
甘いといえば、甘いという人がいるかもしれないが、これが井戸実という人。なんとかつづけたいという相手の想いまで笑うことができない人なのだ。
<今年(2025年)で雌伏5年目になりますね?>
「ええ、まだクレジットカードは持つことができないんですけどね(笑)。事業は、行っています。渋谷でCONA、泉岳寺に客単価1.5万円の高級焼鳥店を経営していて」。
<そして、タレなしホルモン焼肉専門店『肉流通センター』ですね?>
「そう、これが私にとって反撃の狼煙です。会長という立場ですが、本格的に事業を推し進めていきます」。
目標を聞くと、「フランチャイズを含め100店舗くらいは」とのこと。
すでに25店舗あることを考慮したうえでいうと、小さな目標のようにも映るが、リアリティがある数字でもある。
出店するなら、売上高賃料比率は10%以下、目安は30〜50万円という。物価が高騰し、経営が困難になっているお店も少なくないから、ふたたび井戸さんの活躍がみられるにちがいない。
そうすると、また、メディアは「ハイエナが、つぎつぎと餌食にしていく」と書くんだろうか?
ともあれ、谷底に落とされた獅子ならぬハイエナが崖を上ってきた。今度は、百獣の王に変身しているかもしれない。
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