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第899回 株式会社エルティーアール 代表取締役社長 谷 丈太朗氏
update 22/09/20
株式会社エルティーアール
谷 丈太朗氏
株式会社エルティーアール 代表取締役社長 谷 丈太朗氏
生年月日 1974年12月27日
プロフィール 大学卒業後、1998年株式会社レッグスに入社、営業部長職を経て、レッグスが初めての海外進出として、中国事業を開始する際に、現地法人の社長として赴任する。その後シンガポール赴任を経て、7年間海外でライセンスビジネスを手がけ帰国。日本の漫画・アニメなどのコンテンツ・ライセンスに心酔し、帰国後も、コンテンツ・ライセンスビジネスの一環として、テーマカフェをプロデュースする事業を開始する。株式会社エルティーアール代表取締役社長、株式会社CLホールディングス執行役員、株式会社レッグス執行役員(2022年8月)
主な業態 「BOX cafe&space」
企業HP https://ltr-inc.co.jp/

父に内緒で買ったファミリーコンピュータ。

炎をまとった翼で時空を飛翔する。手塚治虫氏の「火の鳥」。初期の作品「黎明期」は、1954年から連載がスタート。ロングセラーだ。この「火の鳥」を筆頭に、ミヒャエル・エンデの「果てしない物語」、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」、星新一の「ショートショート」、そして大友克洋の「AKIRA」を挙げたあと、「私のからだの成分は、子どもの頃から読みつづけた、それら、数々の物語からできています」といって笑うのは、今回、ご登場いただいた株式会社エルティーアールの代表取締役社長、谷 丈太朗氏。
「私は1974年八王子に生まれます。父親は大手電気メーカーで半導体事業の責任者をしていました。祖父は国鉄に勤務し、柔道の普及に貢献したようで、小渕さんが総理だった時に表彰されています。母親はピアノ教室や合唱団等の音楽活動を今も精力的に活動しています。兄弟は弟が1人です」。
うろ覚えの記憶ですが、谷家にはテレビは1日に1時間だけというルールがあった。本に傾倒するのは、この1時間ルールのおかげかもしれない。ちなみに、最初に「火の鳥」を読んだのは小学生の頃。本の虫だが、家のなかでじっとしているタイプではなかった。
「一番好きだったのは自転車。何時間もペダルをこいでいました」。
片道2時間のチャリ旅に出かけたこともあるそうだ。余談だが、当時の中学校は、荒れに荒れていた。校舎のなかを、爆音を轟かせながらバイクが走る。まるで漫画の世界。校舎のなかはまさにカオス。
「人間の原点ってそういうシーンが記憶に刻まれていって、かたちづくられるんでしょうね。話はちがいますが、私が中学生くらいの時に、『このままでは俺たちは一生、ファミリーコンピュータをもてないぞ』と弟と話し合って、お年玉を出し合って、父親に黙ってファミリーコンピュータを購入します。バイクで校内を駆ける奴らと比較すれば、なんともかわいい話ですが、私らにとっては、これは大革命でした」。
高校もチャリ通学。楽そうだからと、バトミントン部に入るが、とんでも勘違い。母親の影響もあるのか、音楽に傾倒。イギリスや香港などディープな世界にも憧れた。将来、音楽系の仕事に就きたいと思うようになったのは、この頃。「大学に進学するつもりはなく、音楽系の専門学校へ進学したかったんですが、父親の許しがでません。しかたなく1年浪人して大学に進みます」。
物語の世界とリアルな世界。ちがいはどこにあるのか。「果てしない物語」を映画化した「ネバーエンディング・ストーリー」は、リアルと物語の境界線があやふやで、面白い。ただ、社会人になれば、リアルな世界の比重が大きくなるのは間違いのない事実。兄弟の革命の象徴だった、ファミリーコンピュータも、もう押し入れのなかだったのではないだろうか?

株式会社レッグス入社。

「大学3年の時にインドネシアのバリ島に行きます。これも私の、ターニングポイントの一つです。バリにはそのあとも何度も行きます」。
こちらはリアルな世界。ただ、その世界は、まるで物語のような美しさだったのではないだろうか?「1998年、大学を卒業した私は、セールスプロモーションなどを行う株式会社レッグスに就職します。株式を上場する以前の話です。業績を評価いただき、部長職も経験したあとの2008年、初めての海外進出としての中国事業立ち上げのため、上海現地法人の社長として赴任します」。
整理すると、1998年大学を卒業し、株式会社レッグス入社。営業部長を経て、2008年、上海現地法人の社長に就任。シンガポール在住を経て2015年に帰国する。
「合計7年間の海外赴任と、向こうでのコンテンツビジネスを通して、改めて日本の漫画やアニメの力を再確認します。漫画やアニメは簡単に国境も越え、人の心を鷲掴みにします。言葉のカベすらないかもしれません。帰国後、日本のキャラクターやアニメ作品のライセンスビジネス事業を推進していくことになる背景の一つです」。
ちなみに、その当時、中国で読まれていた漫画は?と質問すると、『NARUTO-ナルト-』、『ドラえもん』、『名探偵コナン』、『美少女戦士セーラームーン』など、いくつかのメジャーな作品が挙がった。
中国時代の話をもう少し。
「中国でビジネスをしようと思ったときに、はじめて経営者になろうと考えました。それまで経営者というのは頭になく、クリエイティブな世界を追求し、楽しんでいるだけでいいと思っていたんですが…」。
クリエイティブを突き詰めれば、それは人づくりであり、会社や文化をつくることじゃないかと思うようになったそう。
「そういうクリエイティブをやろうとすれば、ゼロイチを経験しないといけない。それが、中国で社長をやろうと思った理由です。もともと文化や習慣も違いますから、なかなか大変でした。私を入れ、4人で会社を立ち上げたんですが、3000万円あった資本金が、あれよあれよ、となくなっていきます。これはもう、3ヵ月でゲームセットじゃないか、と(笑)」。
運よく、と谷氏はいうが、むろん、谷氏たちの奮闘があり、中国でのビジネスは軌道に乗る。ちなみに2008年には、リーマンショックが世界を襲う。ナショナリズムが中国で叫ばれていた時代ではなかっただろうか。

本家本元。

「中国からシンガポールに渡り、こちらでも新規事業を立ち上げます。中国の事業を通し、ライセンスと同時にコンテンツのちからに心底ほれ込んでいましたから、このちからでもっと世の中を楽しく明るくしたいと思い、日本のアニメと掛け算したスマートフォンアプリのビジネスをスタートします」。
ただ、こちらのビジネスは、うまく軌道に乗らなかった。
「だからといって、コンテンツやライセンス事業が否定されたわけではありません。私は、日本との距離を想像しました。今更、日本もないだろうと思っていたんですが、やはりここはもう一度、本家本元の日本で本流を知るべきだと帰国します。もちろん、7年も外国暮らしですから、浦島太郎です」。
たしかに、浦島太郎だった。谷氏は、日本にもどって一つのビジネスに出会い衝撃を受ける。「それが、今のカフェビジネスです。アーティストやキャラクター、アニメと飲食体験を掛け算し、ファンたちが集う空間をプロデュースするのがカフェビジネスのミッションです。たとえば、私たちはK-POPの展開が多いのですが、アーティストって人ですよね。本人がいないと、なかなかファンビジネスは成立しません。ただ、その一方でファンたちが集うだけなら、アーティストがそこにいなくても成立します。むしろ、そういうファン同士の交流を実現していくことで、よりアーティストを好きになる場を提供していきたいと思っています」。
2021年には、様々なカフェをプロデュース・運営してきた「TRANSIT GENERAL OFFICE」と共同で、現在、谷氏が代表を務める株式会社エルティーアールを設立。
「こういうビジネスは、元々は秋葉原などにあったわけですが、私たちは表参道や原宿といった、感度の高い女子たちの聖地でビジネスを展開し、成功しています。実は、ヒルトンお台場のIPを掛け算したスイーツビュッフェもプロデュースし、コロナ禍の下でも大成功しています」。
今までの仕事をいくつかピックアップすると、2019年、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社とフード領域におけるライセンス契約を締結し、専用店舗である「OH MY CAFE TOKYO」を東急プラザ表参道店3階にオープンする。
2022年、株式会社TBSホールディングスが展開する「赤坂エンタテインメント・シティ計画」の一環として、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』が開幕されることに伴い、ワーナー ブラザース ジャパン合同会社とのライセンス契約を締結し、専用店舗である『Harry Potter Cafe』を赤坂Bizタワー1階に期間限定オープンしている。

空想の世界を、リアルな世界へ。

ホームページをみると、上記で紹介した以外にも様々なコラボレーションがあり、楽しくなる。日本のコンテンツだけではなく、世界中で愛される魔法の世界を、赤坂に再現したテーマカフェもある。これが、「Harry Potter Cafe」。
谷氏は今、こんなことを言っている。
「『火の鳥』で学んだ人間の生き様と宿命。目に見えない力が人生に作用する。私はこれを信じています。その、そう、その原点が、ずっと先にライセンスビジネスと出会うセレンディピティと共感を生んだんだと思っています。クリエイターたちが創る素晴らしい物語や作品。私自身も、会社も、事業も、素晴らしい作品たちとの出会いによって成長することができました。作品や版権元、アーティストやクリエイターに、還元していくこと。そして世界に伝えていくこと。還元とはお金ではなく、持続的(サステナブル)な装置と文化を持つ組織(エコシステム)を創ることだと、今、そこを目指してがんばっています」。
たしかに、このビジネスは面白い。だれか1人だけが、喜ぶのではなく、周辺に存在する様々なモノ・コト・ヒトにビジネスの効果が波及する。その空間は偽物ではない。物語の一つとなり、つむがれる。リアルとおとぎ話、その境界線がなくなった時、もっと面白い「ひととき」が生まれるにちがいない。
リアル・ネバーエンディング・ストーリーの始まりだ。

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