株式会社理想実業 代表取締役 布施 真之介氏 | |
生年月日 | 1983年11月13日 |
プロフィール | 高校卒業後アメリカの大学に進学。9.11で帰国し慶應義塾大学に再入学。卒後、さわかみ投信株式会社に就職し金融の世界に進んだのち、家業でもある「蒲搗z実業」に転職し敏腕をふるい組織づくりを行う。いったん会社を離れ投資会社を設立したのち、ふたたび救世主となって会社に戻る。それが2021年、コロナ禍真っ最中。 |
主な業態 | 「どうとんぼり神座」「ひょうたん」「築地孫右衛門」「富久佳」他 |
企業HP | https://rsj.co.jp/ |
神座の創業者、布施正人氏がフレンチのコックをされていたのは有名な話。その話を知らなくても食べてみると、ホームページにある「フレンチとラーメンの協演」という言葉に頷くことになる。
今回は一杯の器のなかでフレンチとラーメンの協演をしてみせた稀代のラーメン店店主 布施正人氏の息子であり、現在、蒲搗z実業の代表取締役を務める布施真之介氏にお話を伺った。
「神座の創業は1986年、私が3歳の時。4坪9席からスタートしています。その時の記憶はもちろんないですが、少し大きくなると記憶も鮮明になります。仕事が終われば従業員がうちにご飯を食べにくるんです。なかにはお酒を飲む人もいて、私は父の膝の上に座り、父と従業員の話を聞いていたように思います。酒の肴になっていたかもしれませんね(笑)」。
布施氏が言うとおり、神座は1986年7月19日に1号店をオープンする。もともとフレンチレストランのオーナーだった先代正人氏だが、災害をきっかけにラーメン店に関心を持ち業態をチェンジ。フレンチの技量を盛り込んだ絶妙なバランスのスープが生まれ、神座は大阪中にファンをつくる。
「私自身は神座の息子と言ってもどこにでもいる少年です。野球と少林寺拳法を小学2年から高校卒業まで続けていました。今とほとんど変わらないような、負けず嫌いな少年でした」。
家業を継ぐことを意識したのは早く、小学生の頃。中学では生徒会長、高校は奈良の進学校に進んでいる。
「高校卒業後はアメリカに留学しています。合計2年弱。2001年9.11のテロの影響が留学生にも及ぶ中で残るか、戻るかの選択に迫られ、日本に戻り慶應義塾大学に再入学しました。大学時代のアルバイト先は神座でした」。
アメリカに留学したことにはちょっとした挫折がある。
「今になればなんてことないんですが、京都大学の受験に失敗しショックが大きすぎて。浪人して東京大学へとも言われたんですが、心が折れてしまって(笑)。東大や京大には友達も進学していたので、だったらアメリカだと」。
東大や京大もそうだが、アメリカが次にくること自体凡人にはない発想だ。
ところでアルバイトの話の続き。
「神座では私が社長の息子というのはバレていた」と笑う。そりゃそうだろう。高校生の時から店長会議にも出席していたそうだから。
ただ、社長の息子であってもそれを斟酌する余裕は周りのスタッフの人たちにもなかったのではないか。関西ではもちろんだが、東京でも神座は絶大な人気ラーメン店となっていた。つまり、斟酌される暇もする暇もない。
子どもの頃から事業継承を想像し、大学時代から神座でアルバイトをしていた布施氏だったが、大学卒業後は神座ではなくファンドに就職している。
「ゴールドマンやモルガン・スタンレーのような投資銀行に行こうとしていたんですが、将来役立つのは金融の中で経営を学べるところだと思って。最終的には「さわかみファンド」で有名な『さわかみ投信株式会社』に就職します」。
当時は新卒採用を行っていなかったらしい。にもかかわらず布施氏は電話で直談判して就職している。
パッションを認められたからだろうか。入社すると、創業者である澤上会長のすぐ後ろに布施氏のデスクが用意されていたそうだ。
仕事はいかがでしたか?
「アナリストとして企業調査を通じて様々な経営スタイルを勉強できるだろうと入社するわけですが、予想以上に色々な勉強ができた3年間でした」。
ただし、仕事はハード。朝5時に出社し、深夜1時、2時に帰宅というハードワークも行っていたらしい。土日はリサーチや勉強の時間。つまり、遊ぶ暇もない。「とにかくハードというか。恥もたくさんかきました(笑)」。
恥、ですか?
「ええ。週イチでお客様を前に1時間、テーマはなんでもいいんですが講演しないといけないんです。今ならラーメン業界のことを堂々と喋れますが、なんのバックボーンもない新卒なわけで」。
何を語るか一週間かけて検討し用意してもわずか5分で喋ることがなくなってしまう。
「恥も、汗もいっぱいかきました。でも、そういうのも大事な経験なんだなと思います」。
『さわかみ投信株式会社』での在籍期間は3年程度だが、わずか3年でアナリストチームをマネジメントするまでにもなっていた。恥も、汗も、かいたおかげだろう。
そのあと、神座ですか?
「ハーバードのMBAにチャレンジしようかともう一度アメリカに渡ろうと思っていたんです。ただ、そのタイミングで母から帰還命令があって」。
悩むところですね?と聞いたが、実は即答だったそう。
「父親が60歳になっていましたから。そういう意味では小学生の時の誓いを忘れていなかったわけですね」。
むしろ、海外留学もファンドへの就職も、いずれくる事業継承のためだったと言っていい。家業を継いで神座を「経営」する。布施氏はここに至るまでも、何度もこの言葉を使っている。
2010年当時の神座は、いっときの勢いをなくしていた。
「利益率はちゃんと高かったんです。その分、ラーメンの価値は守られていたわけですね。ただ、売上は下がり続けていました」。
いっときの勢いがなくなったということですか?
「そうですね。人の流れがロードサイドの店から商業施設に変わったのも背景にはあると思います。ただ、蒲搗z実業という会社にも問題があったのは事実です。両親も『職人としてやれるのはここまで』と言っていました」。
つまり、ラーメンの職人集団だったということですか?
「その通りです。トップに創業者の正人氏がいて、あとはすべてラーメン職人でもある店長です。本社の社員は2名だけ。評価のモノサシは店舗オペレーションのみ。弊社の大切な職人をバックアップする体制には全くなっていませんでした」。
「組織がなかった」と布施氏はそう表現する。
「会社の方向性を定めることからスタートしました。理念を掲げ、それに向かう組織をつくることにも着手します。新規出店ができるようになるには2〜3年かかり、カルチャーを変化させるのには5年かかったと思います」。
神座が、ふたたび帆を張る。
それを見届け、布施氏はいったん神座を離れ、投資会社を設立する。「最初の3年はがむしゃらに仕事をしました」と布施氏。延べ10数社に投資。良好な投資成果を得る。
「ただ、軌道に乗るとだんだん面白さがなくなっていくんです。やっぱり私は布施正人の息子であり、経営者だったんでしょう。飲食がいちばん面白いと改めて実感します。ただ、ラーメンは神座があるのでそれ以外でと思って。うどんや蕎麦をはじめ様々なブランドをリリースできる会社『鎧IPANGU』を設立します。神座が1000億円ブランドなら、こちらは10億円のブランドが100あるイメージです」。
現在、この「鎧IPANGU」は「蒲搗z実業」の中に組み込まれている。「私が『鎧IPANGU』を立ち上げたタイミングでまた戻ってこいというオファーがありました。父親は70歳になっており。2010年と同様、伸び悩んでいたのも事実です」。
2020年の話ですよね?
「そうです。コロナ禍の真っ只中です(笑)」。
神座の業績は前年売上71億円から49億円まで急降下していた、という。
「外的な要因もありましたが、それだけではなかったかもしれません。なんのために仕事をするのか?神座が向かう方向は?未来図がわからなくなっていた気がするんです。コロナ禍も落ち着きはじめた2022年の10月から業績は上がりはじめ、前期(2022年度)は98億円、今期(2023年度)は115億円を見込めるようになりました」。
V字回復ですね?
「ありがたいことに、私が会社を離れた時に同じく会社を離れてしまったスタッフたちも少しずつ戻り、体制強化も進めることができましたから。でも、これではとても満足できません。神座は1000億円ブランドだと私は思っていますし、それに向けて会社を動かしていくことで「人々の心と体を満たしていく」というビジョンを達成したいと思っているんです。今後6年間で150店舗を出店し、現在の70店舗を220店舗まで拡大します」。
ただ、布施氏が目指すのはそこだけではない。先代、正人氏からバトンを受けた布施氏の構想はさらにでかい。
「そう。ただ、その一方で店舗数だけではなく、ラーメン店からの卒業もしていきたいと思います。私たち蒲搗z実業は、ホスピタリティ産業へ進みます」。
ウオッチしているのは、アメリカ生まれのコーヒーチェーン店。一杯のコーヒーのバリューもそうだが、それだけではない。無形の価値がある。例えば、スターバックス。一杯のコーヒーを提供するだけでなく、スタッフと店舗の空間を通じてお客様にホスピタリティを提供することに存在価値を置いている。神座も一杯のラーメンを提供するだけでなく、店舗に来店いただくお客様にスタッフと店舗の空間を通じてホスピタリティを提供する会社に進化していく。
神座が目指すのは1000億円ブランド。ラーメンを提供するだけでなく、「ホスピタリティ」を提供する会社。
ちなみにホスピタリティの意味は「思いやり」、また「心からのおもてなし」。言い換えれば、そのレストランに入れば幸せになる。その幸せを従業員と一緒に目指しているのが、今の布施氏と言っていいのではないだろうか。
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