そしてお仕事の話に進みます

大西 「学生時代に流通系のアルバイトで2,000万円稼いでました。中内さん(ダイエー)の消費者目線で常識を破壊するパワーが好きでね。大学では剣道も2年でやめて、1日4件ほど掛け持ちしてバイトして、事業資金を稼ぎました。食べ物はいつもコストパフォーマンスの良い生協の袋入りラーメン。なんと4,500袋食べましたよ!(笑)」

西武グループに就職されたのですよね?

大西 「将来は、実家の会社に入ると思っていたので、一番業種が近くて規模が大きかったのは西武でした。それで西武の国土計画(コクド)に入社したんです。同期では14人しかいない幹部候補生でした。一年間坊主にして、全国を転々としました。ホテルのオープン屋として、40ホテルくらいお世話になって、いろんな社長と近いところでやっていましたね。」

どんな社員だったのでしょう?

大西 「誰より朝一番早く行くのがマイルールでした(笑)それで10年間通したのですが、たまに暇なやつが僕に挑戦してくるので、始発に乗っていくようになりました。そんな早くから何をしていたかといえば、本社で英語が出来る人があまりいなかったので、朝、海外に電話をして、やり取りして勉強してました。3年間、真剣にやっていたら、英語は身につきましたね。ここでも、剣道での棒を振れば振るほど身になるの精神が役に立ちました。」

実家のグループに入るために入社した西武でのダイナミックな仕事は面白い!でも大西社長が選んだ道は?

大西 「野村総研さんと一緒にインターネットの創世記に、ホテルの予約システムの立ち上げをやらせてもらったりして、広がれば広がるほどこんな頭のいい人が存在するのかと思ったくらいですよ。野村総研さんにいる人たちって!僕は、内弁慶なので外を見れば見るほど驚きの連続でした。そんな中、2001年・・私が32歳のとき、実家がコトデンそごうの業績悪化を受けて、破たんしたわけです。それによって、オヤジも病気になり命をとられ、一族全部やられてしまったわけです。 これで実家のビジネスに入るという選択枝はなくなりました。」

中学生のみんな「・・・・??」

なかなか難しい話題になってきました。これからが企業のトップ! 社長の道です

大西 「実家が崩壊したとき僕は32歳でした。西武に残る道もありましたが、自分でやっていこうと決意しました。不安はありましたよ。大きな組織で役立つのは自信がありましたが、果たして自分の力で起業して食べていけるのか?早速、ハワイでプロジェクトをやっていた親友と市場調査。家具のリサイクルや、もったいないものを有効活用するビジネス、また自分が海外で困ったこと(例えば雑誌の購入)などを視野に入れてビジネスモデルを考えました。でも、すでに4店舗もあったんです。人って考えることは一緒なんですよね。」

飲食との出会い

大西 「自分を最も分析した時期でしたね。そんな時、フレンチの腕の良い料理人と出逢ったんです。1人1万円の単価ですごく喜ばせるんですよ。1万円って決して安くない料金でしょ?それでもお客様は大満足なんです。オープンキッチンでサービスしながら料理して固定客がたくさんいて・・・・。これはすごい商売だと思いましたね。」

大西社長のアイデア。3,300円のフレンチが四谷に誕生

大西 「そこで私は、これを3,000円でできたらすごいなぁ、と考えました。これが四谷のはじまりです。客単価3,300円!フレンチをカジュアルにリーズナブルに小皿で食べさせる居酒屋です。そこで見たのはフレンチはソースですから、温度はこの一瞬しかないので、その一瞬のために流れには緊張感があり、下ごしらえなど完璧な段取りが必要となってくるんですよね。 まるで芸術だと思いましたね! 僕もそこで3年間店長をやりましたが、昨対を割れたことがないほど流行りましたね。そんな時に引き寄せるように出会ったのは、庄内の農家さんです。すごいエネルギーを持っている方でした。玄米を扱っているのですが、その出会いではじめて食べ物から人間が出来ていると気づいたんです。当時、アレルギーがひどかったのですが、その玄米を食べるようになってから調子がいいんですよね!味も玄米のボソボソ感がなくて、続けられるし。これぞ究極のPBと思いましたね! 人の健康がココにあるという気づきです。」

なぜお弁当屋が併設されているのでしょう?

大西 「いくら3,300円といえど、毎日は通えないでしょう。そこで思いついたのが手軽にお弁当なら毎日食べてもらうことができるということでした。お弁当って、栄養・彩・満腹感全てにおいて、小さい枠のフルコースが僕の持論です。これでみんなも健康になってもらえる!原価をかけられない中で、生産者さんと直結した完全無農薬野菜や銘柄鳥を入れて体に良いものを提供する。結構大変ですよ。店で使っているのと同じ手づくりで、焼きは備長炭を使っています。変な話、餃子事件や偽装事件があると、一気に数字があがります(笑)」

社長になった話を聞いた和田中のみんなが質問を再開!

Bさん「社長になるまでに苦労したことはありますか?」

大西 「あまり苦労だとおもったことがないですね。なってからはかなり苦労をしたけげれど、なるまではがむしゃらに走っていただけ(笑)」

Aさん「仕事をしてる中で大きなハプニングはありましたか?」

大西 「会社が潰れるかと思ったことはありましたよ。僕は一人で突っ走ってきたから一人でできると思っていたし、自分がアツい思いを伝えると人も同じように思うと思っていた。でも全然違っていたんですよね。お客様ばかりを大事にして、仲間や生産者さんを大事にしなかったから。自分だけがそんな状態でいると人が離れていく。すると、お客さまも居心地よくないから離れて行く。仲間がいて、お客様がいて、生産者さんがいて。この3つが社内で大事にしている“愛のトライアングル”です」

Cさん「なんで3,300円なんですか?」

大西 「チェーンの居酒屋さんたちは、2,500円でのみに行けたりするけれど、フランス料理はできない。とても材料費が合わない。それをやりたいと思ってもできないなか、うちはすごいてんこ盛りのマグロ丼をお客様に提供して店は行列をなしていたんですよね。普通は3割が材料費。でも、そのマグロ屋はオープンして7割の原価をかけていたんですよ。それじゃ、経営はやっていけない。あとで原価を落としても、お客様は裏切られたような気がする。“あのスゴイマグロが食べたいのに、なんだかスゴクなくなったよね”といって、来なくなる。それでは店は続かない。続かないことをやっても、社会に申し訳ないだけですからね。」

Aさん「社長になったいま、夢はありますか?」

大西 「本物の仲間と本物のチームづくりかなぁ。今もそれはあるけどもっと。生産者さんもお客様も社員もアルバイトもチーム。もっとチームに本物の愛の溢れさせたいね。それが夢ですね。」

Bさん「社員に対してどんなことを行ってますか?」

大西 「愛ですね!愛とハグはどこに行っても言っています。うちの会社は思いと貢献か社是なんですね。全身全霊で人の役に立つが基本。「だれのために」というところが、お客様・仲間・生産者さんというトライアングルになりました。仲間が愛し合ってないとお客様はその店を愛さない。生産者さんに対しては一緒に農作業をしたり、酒蔵さんをまわり相手のやっていることを知り、体現する。でなければ相手がわからない。本物の愛は、相手のやっていることを熟知してできるものですからね。何でもそうだけど、経験しないと感性は磨かれないんです。」

大西社長、ありがとうございました。和田中学のみんなが一番心に残った言葉の発表です

中学生の持つ社長像は、勝手に威張り散らしているような人だったそうですが、大西社長の「愛」で一気にイメージが変わりました。

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