株式会社ダイニングエッジ 代表取締役 及川裕樹氏 | |
生年月日 | 1984年5月15日 |
プロフィール | 岩手県出身。早稲田大学卒。ベンチャー・リンクに就職し、不採算のフランチャイズ店の立て直しを図る。人事などバックオフィスも経験。ダイニングエッジの代表になった現在は、自社ブランド「楽が気」1店舗と、「串カツ田中」4店舗を経営している。ベンチャー・リンク卒の敏腕経営者。 |
主な業態 | 「楽が気」「串カツ田中」 |
企業HP | https://diningedge.co.jp/ |
奄美大島といっても、12月は、さすがに寒いらしい。それでも、観光案内を観ると、シュノーケリングなどのアクティビティは楽しめるそうで、冬になっても青い空に、青い海は、健在だった。
今回ご登場いただいた株式会社ダイニングエッジ、代表取締役の及川裕樹さんは、小学5年生まで、年2回、この奄美大島に渡っている。お母様が奄美大島出身。
「奄美大島で祖父母は大きなショップを経営していました。奄美大島の子どもたちの制服は、すべて、そのショップに置いてありました。正月になると、私も店頭に立って初売りを手伝いました。それが、今の私の原点かもしれません」。
ちなみに、東京から奄美大島に行くには、飛行機で約2時間31分かかるそうだ。「当時は、パイロットもおおらかで、子どもはコックピットで空の旅をたのしめたんです」。
上空から観る、果てしない大海原。少年には、どう映っていたんだろうか。
子どもの頃の及川さんの話をもう一つ挙げると、勉強ができたこと。
「中学受験前の模試で、100位以内に入ります。腕試しのつもりが、それで自信をつけてしまって中学を受験して、攻玉社中学校に進みます」。
攻玉社中学校で検索すると、創立160周年と出てくる。偏差値は高く70前後。「マジメな子が多かったですね。帰国子女も多く、私が入ったバスケットボール部では、半数以上が帰国子女でした。株式会社カオカオカオの新井勇佑社長は、先輩です(笑)」。
新井さんは、中学時代、医師をめざしておられたはずだ。そういう生徒もいる。ちなみに、新井さんもこの飲食の戦士たちにもご登場いただいている。
中・高とその攻玉社ですごし、早稲田に進学。ちなみに、とある人気女優とご近所で同い年。一緒にご飯を食べ、お風呂にも入ったそう。それが縁でテレビにも招かれている。
「早稲田祭をやりたくて、早稲田に進学します。高校の時から文化祭の実行委員会をやっていて、楽しかったから。慶応も受かったんですが、早稲田祭のために早稲田を選択します」。高校の文化祭と比較すると、大学の学園祭は、スケールがまったくちがう。なかでも早稲田祭は、2日間で20万人ちかい人が訪れる日本最大級の学園祭だ。むろん、大人の事情もからんで来る。
「開催するコストも莫大ですからね。私は早稲田祭でいちばん大きなイベントを企画する広告研究会サークルに入ります。このサークル自体、大所帯で、1つ下では、400人がサークルに入ります。入会金と年間8000円。年会費だけで320万円」。
協賛企業もつく。協賛企業への営業活動は、サークルメンバーの大事な仕事。及川さんは早稲田祭の運営スタッフにも所属することになるのだが、「2つでたぶん、3000万円以上は集金している」と笑う。さすがに早稲田ともなれば、スポンサーがだす金額も桁がちがう。
「リクルートさんとのお付き合いもありました。リクルートさんも大事なスポンサーの1社です。その縁で、リクルート出身の経営者の方に縁ができ、刺激をいただきました。いずれにしても、私の人生のなかで貴重な4年間でした。もっとも、大学には行っていても、授業にでた記憶はあまりない(笑)」。
「就職は大手証券とベンチャーリンク2択でした。もちろん、両親はベンチャー・リンクは猛反対です。なんだ、その会社は?って感じです(笑)」。
<及川さんはベンチャー・リンクをご存知だったんですか?>
「いえ、私もまったく(笑)。ただ、ご縁をいただいた経営者から勧めていただいて。もちろん、その時は外食っていう頭はまったくありません。ただ、ベンチャー・リンクに入社して、外食事業本部を希望し、気づいたら外食にどっぷりハマっていたって感じです」。
2007年4月、及川さんは両親の反対を押し切り、ベンチャー・リンクに入社する。
<ベンチャー・リンクさんはいかがでしたか?>
「激務という言い方がいいのかどうかわかりませんが、当時は事務所に段ボールを敷いて泊まっていました。名称は不夜城です。そこからだいたいイメージいただけると思います(笑)」。
入社直後には、九州にも飛ばされている。
「当時、ベンチャー・リンクは経営的に厳しい状況に追い込まれていました。なかでも、まいどおおきに食堂が、シミュレーション通りに立ち上がらないということで、フランチャイズ加盟店からご批判をいただいていました。私は、ある日、辞令を受け、福岡のまいどおおきに食堂の立て直しに向かいます」。
辞令を受けた翌朝、いちばんの便で、九州に入る。
「当初のシミュレーションでは月商800万円だったんですが、そのお店は400万円。上司から言われたミッションは月商100万円アップです」。
<できるもんですか?>
「時間もかけられませんから、弁当の販売をスタートさせます。させると言っても、店長も、オーナーも半信半疑です。だから、私が朝6時から店に入って、ご飯を炊いて、弁当をつくって。スタッフは11時出勤ですから、たった1人です。むちゃくちゃさみしいし、たいへんでした。ただ、『50万円アップしたら、みなさんもお願いします』とそういう約束でスタートしていますので、たいへんでも目指せ50万円です(笑)」。
1食500円×1000食。1人ではむろんたいへん。ただ、これは次の長崎でも同じだが、少しずつ周りの目もかわる。「3ヵ月はかかりましたが、50万円はもちろん100万円アップし、ミッションコンプリートです」。
長崎では、アルバイトを採用し、朝6時から店の前で旗を振らせた。「大型の工場もあったので、そちらにも弁当の営業に行きました。長崎でも、なんとかミッションをコンプリートさせて、それで、今度は、人事に異動します」。
ベンチャー・リンクとともに、及川さんも、まだまだ波乱の渦に巻き込まれていく。むろん、大学の4年間のように恵まれてはいない。それでも、逃げることなく、たたかいつづけることで、及川さんのちからは確実に育まれていく。
あきらめないからこそ、「どうすればいいか」が生まれる。行動は、何よりも重要。机上で学んだ経営者じゃない。だから、つよい、つよい。
<現在、自社ブランドの楽が気を初め、串カツ田中を4店舗経営されていますね?>
「ダイニングエッジの事業は多店舗展開のコンサルティング事業と、5店舗の飲食店事業が2軸になっています。楽が気1店舗、串カツ田中が4店舗です」。
「田中は、まだ5店舗くらいだった時に、ご縁があり、FCをさせていただきます。1号店が、初月から1000万円を超え、2店舗は苦戦しますが、それ以外の2店舗も、順調にスタートし、今も盛況です」。
苦戦を強いられた2号店の時には、及川さん自身が駅に立ち、朝6時から終電までビラを配りつづけたと言っている。
「今後は、楽が気の出店を進め、その一方で、田中も増店していきます」。
ベンチャー・リンク、出身の経営者は多い。この飲食の戦士たちに登場いただいている経営者も少なくない。ここにまた素敵な経営者が、いたことに気づく。
早稲田祭ではないが、どんな祭を、これからみせてくれるのか。期待したい経営者の1人であることは間違いない。
ポスト |
この企業にご興味のある方、コンタクトを取りたい方、また代表にメッセージを送りたいといった方は、下記フォームよりご登録下さい。当社が連絡を取り、返信させていただきます。
例)テレビ番組用に取材したい、自社の商品をPRしたい、この企業で働いてみたい、中学時代の同級生だった など